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今求められる「ハムレットマシーン」
今、ハイナー・ミュラー代表作の「ハムレットマシーン」の機運が高まりつつある。演劇史上最も上演困難な作品の一つと言われた本作は当時の演劇界に多大な影響を与えたが、それはどのようなものであったのか?そして、閉塞を続ける現在の演劇界において「ハムレットマシーン」は改めてどのような意味を持つのか?「ハムレットマシーン」研究者・批評家・翻訳家を含め4名の方に語って頂いた。


『ハムレットマシーン』フェスティバル開催に向けて
金原知輝 OM-2 俳優

大学卒業後、パフォーマンス集団「OM-2」に所属し、出演・照明・制作などを行う。また、小劇場「d-倉庫」に務め、様々な企画の運営に携わる。「劇作家シリーズ」を主催する企画団体「die pratze」の代表も務める。

IDIOT SAVANT theater company


「現代劇作家シリーズ」とは?
 「現代劇作家シリーズ」はこれまでにブレヒト、イヨネスコ、アラバール、寺山修司、サルトル、ベケット、別役実など演劇史に影響を与えた劇作家の戯曲を上演してきました。今回のハイナー・ミュラーは8回目の開催となります。そもそも「現代劇作家シリーズ」とはどのような経緯で始めたのかを少し書いてみたいと思います。

 日本の演劇は、明治時代の末期にヨーロッパ流の近代的な演劇に影響を受け「新しい演劇」と多くの観客に受け入れられて「新劇」が生まれました。その「新劇」の出現は日本のすべての現代演劇の礎になったとも言えるでしょう。その後「新劇」に反発するかのように1950~60年代の不条理演劇から70年代のアングラ(前衛?)演劇と続き活性化していって現在の日本の小劇場演劇のかたちを作っていきました。その60年代への流れは「新劇」に対して、政治と演劇の関係性、スタニスラフスキーの演技術からの脱却、文語体から口語体としてのセリフ、日本人の独自性(身体の捉え方)の現れ、二次元から三次元的な空間の使用などが大きな違いとして違和を噴き出したのが要因だったように思います。当時、それは大きな挑戦だったでしょう。

 しかし、その時代の演劇は政治的なことも関連して80年代後半に入ると、そうした反発的な流れは鈍化しその先へと続く展開が見えなくなってきました。それは大雑把に言えば、アングラ以前の「新劇」の時代の在り方への回帰(=保守的演劇の台頭)ではないかとも思います。勿論、現在の小劇場演劇を「新劇」とは違うという人もいるでしょう。また、現在の学芸会的演技を前衛だという人もいるでしょう。学芸会的演技とは、演劇教育を受けてその後に俳優になる諸外国とは異にして、日本では教育を受けないまま幼い学芸会的思い(概念)を引きずりそのまま舞台に立っているだけとは言えないでしょうか。それはひとつの方向から見れば特徴のある日本独自のものだと言えるかもしれません。ですがそれは演技というものを論理的に考えた上でのものではなく、また熟練した後に現れるものでもありません。ただ単に日本独自の風土というか、日本のメディアなどの影響を受けたノリや雰囲気、ウケるとか言ったものに支えられているだけと言ってもいいように思うのです。子供が描く絵やダンスは非日常的である場合が多いですが、時折見せる現在の小劇場の変な動きなどもその延長線上であるとは言えないでしょうか。 現在の演劇と60年代の演劇とは大きく違うのは、その「演技」の違いと言っても良いでしょう。ですが、現在では前衛的・先進的な演劇は存在していないかの如く見る機会が失われて弱体化しているようにも思います。もはや不条理演劇もアングラ演劇も資本主義社会の流れに回収されてしまったのかも知れません。まるで、悩み深く考察すること自体が「古い」のであって、インスピレーションや安易という雰囲気を優先することだけが「新しい」とでもいうかのように。つまりメディア的演技を舞台に持って来てただ単にそれがモテ囃されている構図が現在の演技の背景であると思うのです。勿論、メディア的演技とは市場価値に連動しているということです。メディア的演技は市場経済の中に成立し、それを基にしているのが学芸会的演技と言えるでしょう。

 そこで、どうして現在の学芸会的演劇がモテ囃され、前衛的な活動が弱体化してしまったのか。現在、多くの若者は保守的傾向が強く安定を望み、混沌した環境に身を置くことを嫌うという状況をこのままにしていて良いのか。その辺りに疑問を抱き、そのために50年代からの不条理劇、前衛的な在り方を示した戯曲を検証して現在の状況を打開することが出来ないかと思ったのです。そして、その次に展開されうる「何ものか」を創出することは出来ないかと思い、その手掛かりとして「現代作家シリーズ」を企画したのです。


なぜ「ハムレットマシーン」なのか?
 今回「ハムレットマシーン」を選択したのは、私たちがそうした上記で説明した流れの先にある一つのエポック的作品として捉えているためです。「ハムレットマシーン」は、ドラマ形式を解体しており解釈自体が非常に難解な作品でありますが、資本主義、及び社会主義であれ人間の腐敗、社会の腐敗が加速していく流れは止められず苦悩していく有り様が描かれている戯曲だと勝手に解釈しています。

 現在の社会を良いと思っている人にはこの戯曲は無効かもしれませんが、この社会が腐敗し続けていると感じている人にはまさに現在とリンクしているかのように思うでしょう。今現在、日本に限らず世界において保守・右傾的勢力の活動がますます加速しています。そうした中で「ハムレットマシーン」を通してその加速する流れに少しでも歯止めをかけることができないか、腐敗を止める何かを見出すことができないか、その指針になれないかと考えたのです。

 「ハムレットマシーン」はその時代情勢ゆえに安易に社会主義と結びつけてしまうとその時代のものとしてしか捉えることが出来ないかも知れませんが、戯曲の構造自体は現在の社会の在り方においても強烈な批評性を内包していると思います。つまり、社会への批評というより人間そのものへの腐敗に目が向けられているからです。


参加団体について
 ここで「ハムレットマシーン」フェスティバルに参加する団体について紹介したいと思います。 4月4日(水)&5日(木)の「サイマル演劇団」は、過去に行ったイヨネスコ「授業」フェスティバルにも参加したことがあります。その演出においては戯曲の世界観、及び、核となる部分を丁寧に汲み取りつつも、音響の使い方や俳優たちによる発語の強さがもたらす相乗効果により緊張感を途切れさせない上演を行います。同時に上演する「隣屋」は今回のフェスティバル初参加となります。俳優とダンサーが共存し、演劇でもありパフォーマンスでもあり得る独特な作品を創作します。音と光、美術、そして俳優の演技も含め全てに緻密に演出されていることが見て分かり、これからも注目を集めていくであろう団体かと思います。


身体の景色
 4月7日(土)&8日(日)の「身体の景色」は、代表・俳優であるオカノイタル氏の演技が必見です。彼の力強い演技と集中力は、一般的な演技をも超えて独自の”空間”を創り出しているかのように感じられます。ドラマターグである田中圭介氏と音楽家の松田幹氏による支えもあり、「身体の景色」にしか創れない構成が生まれます。もう一つの「初期型」は、一見無気力・おふざけ系のダンスグループであるかのように見えますが、一つ一つの演出がきちんと戯曲を勉強し上手い具合に「初期型」流に落とし込んでいるのは見事と思います。初見ではそのゆるさに驚いてしまうかもしれませんが、是非最後まで上演を見てほしい団体であります。

 4月10日(火)&11日(水)の「ダンスの犬 ALL IS FULL」は、ダンサーである深谷正子氏のカンパニーであり活動歴は約20年以上に及びます。人間の身体の挙動に着目し、それぞれのダンサーたちによって紡がれる関係性を通して、抽象的でありながら観客から見て様々な想像ができる余地を残す作品を創作しています。同日上演の「楽園王」は、独特の言葉運びによる作風が特徴的であり耳に残る心地よさが印象として感じられます。古典戯曲を現代風にアレンジするなど演出の長堀博士の独特の味付けには定評があります。

 4月17日(火)&18日(水)の「7度」は、まだ結成して若い団体ですが、既存の戯曲に対して「読み物としての戯曲」から「台詞を発する劇」として上手く昇華させています。それは演出である伊藤全記氏の力であることも大きいですが、メインの女優たちの魅力も見逃すことはできません。もう一組の「風蝕異人街」は、札幌から参加する団体です。過去にもイヨネスコの「授業」やアラバールの「戦場のピクニック」でフェスティバルに参加したことがあります。寺山修司などのアングラ演劇を主とし、俳優の言葉と肉体の融合した舞台は見ものです。

 4月20日(金)~22日(日)の「IDIOT SAVANT theater company」は、肉体と身体論に特化したおり出演する俳優陣の運動量は凄まじいの一言です。それでありながら戯曲に対するアプローチも独創的であり、プロジェクターによる映像との絡みも計算されていて総合芸術として楽しむこともできるかと思います。最後に韓国から[特別参加]する「劇団シアターゼロ」です。主宰のシム・チョルジョン氏は、韓国の著名な前衛劇団「チャンパ」主宰のチェ・スンフン氏演出による「ハムレットマシーン」の主演俳優としての評価が高く世界中から招聘され公演してきました。東京でも過去に上演したことがあります。今回はシム氏率いる団体が「ハムレットマシーン」に新たに挑戦します。

終わりに
 このフェスティバルでは、各団体の公演初日に参加団体による「アフタートーク」を実施し、フェスティバル最終日には実演家同士による批評を行う「シンポジウム」も行います。

 またフェスティバル関連企画として、3月14日(水)に『ハムレットマシーン』の朗読&レクチャー(H-ミュラー研究家/村瀬民子氏)を予定しています。『ハムレットマシーン』はその解釈の難しさゆえ鑑賞においてもかなりの困難を生ずるものを思います。このレクチャーが観客にとって『ハムレットマシーン』を理解する一助になれればと考えています。

 もう一つの関連企画として、3月22日(木)~24日(土)に日暮里SUNNY HALLにてパフォーマンス集団OM-2の『ハムレットマシーン』があります。私自身もOM-2に所属していて、この作品は東京・大阪・ドイツ・ポーランド・韓国などで上演を繰り返し、OM-2の代表作とも呼ばれています。

 フェスティバル参加団体の公演と関連企画のすべてを見ることが出来る共通券の販売も致します。是非この機会に全公演を観劇して頂けたらと思っています。

 長々と書いてしまいましたが、今回の「ハムレットマシーン」フェスティバルはこれまでの劇作家シリーズの集大成にもなるのではないかと個人的に思っています。多くの方に観て、触れて、感じて欲しいと思います。